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福島地方裁判所会津若松支部 平成11年(ワ)21号 判決 2000年10月31日

第一及び第二事件原告(以下「原告甲山A子」という。)

甲山A子

第一事件原告(以下「原告乙川B夫」という。)

乙川B夫

第一事件原告(以下「原告乙川C美」という。)

乙川C美

第一事件原告(以下「原告乙川D代」という。)

乙川D代

右法定代理人親権者母

甲山A子

右原告ら訴訟代理人弁護士

安東宏三

被告

木下工業株式会社

右代表者代表取締役

甲山E雄

被告

甲山E雄

被告

甲山F江

右被告ら訴訟代理人弁護士

鈴木隆

右訴訟復代理人弁護士

櫻井義之

主文

一  被告木下工業株式会社は、原告甲山A子に対し、金二億八一三三万一一八〇円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同乙川B夫に対し、金一五九四万九三八〇円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同乙川C美に対し、金一五九四万九三八〇円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同乙川D代に対し、金七五八万八六四〇円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  被告甲山E雄及び同甲山F江は、各自、原告甲山A子に対し、金三億八二五九万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同乙川B夫に対し、金二一六九万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同乙川C美に対し、金二一六九万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同乙川D代に対し、金一〇三二万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、原告ら、被告甲山E雄及び同甲山F江に生じたものは、同被告両名の負担とし、被告木下工業株式会社に生じたものは、これを五分し、その四を同被告の、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することできる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(第一事件)

1 被告らは、各自、原告甲山A子に対し、金一億二八四三万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を、同乙川B夫に対し、金二一六九万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を、同乙川C美に対し、金二一六九万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を、同乙川D代に対し、金一〇三二万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

(第二事件)

1 被告らは、各自、原告甲山A子に対し、金二億五四一六万円及びこれに対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  本案前の答弁

1  第一事件原告らの訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は右原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(第一事件)

一  請求原因

1 当事者

(一) 被告木下工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、土木建築の請負などを目的とする株式会社である。

(二) 被告甲山E雄及び同甲山F江(以下、それぞれ、「被告E雄」、「被告F江」といい、右二名を「被告E雄ら二名」と総称する。)は夫婦であり、被告E雄は、被告会社の代表取締役、被告F江は同社の取締役である。

(三) 原告甲山A子、被告E雄及び同F江は、いずれも亡甲山G子(以下「G子」という。)の養子である。右三名以外にはG子の相続人はいない。G子は、生前被告会社の代表取締役であった。

2 原告らの株式保有

原告ら、第一事件の脱退前相原告丙谷H郎、同丁沢I介及び同丁沢J作(以下、それぞれ、「丙谷H郎」、「丁沢I介」、「丁沢J作」と略称し、右三名を「丙谷H郎ら三名」と総称する。)並びに戊野K平は、平成九年一二月一六日当時、次のとおり、被告会社の株式を保有していた(合計一万四五四三株、以下「本件株式」と総称する。)。

(一) 原告甲山A子 三五一八株

(二) 同乙川B夫 七二三株

(三) 同乙川C美 七二三株

(四) 同乙川D代 三四四株

(五) 丙谷H郎 四〇九〇株

(六) 丁沢I介 二八一〇株

(七) 丁沢J作 一五七二株

(八) 戊野K平 七六三株

3 自己株式取得の合意

(一) 原告甲山A子は、平成九年一二月一六日、被告会社との間で、商法二一二条ノ二(定時株主総会決議による株式の消却)に基づき、本件株式を、一株当たり三万円で被告会社が買い受ける旨の契約を締結した(以下「本件売買契約」といい、右自己株式の売主を「本件売主」と総称する。)。

本件売買契約は、原告甲山A子と被告E雄らが、それぞれ当時の代理人弁護士を交えて、甲第一号証の覚書(以下「本件覚書」という。)に署名押印する方法によりなされた。

すなわち、本件覚書には、原告甲山A子側は、同原告及び当時の代理人である己原L吉弁護士(以下「己原弁護士」という。)が署名押印し、被告ら側は、被告E雄、同F江が署名押印し、被告E雄が被告会社の代表者の記名押印をし、当時の右三名の代理人である庚崎M夫弁護士(以下「庚崎弁護士」という。)が署名押印した。

(二) 株主総会決議

被告会社は、本件売買契約に先立つ、平成九年七月一九日開催の第三六回定時株主総会において、次の決議をした(第三号議案、利益消却のための自己株式取得の件)。なお、左記の被告会社の営業年度は、第三六期が平成八年四月一日から平成九年三月三一日までで、第三七期が平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日までである。

取得期間 第三六期定時株主総会終結の時より、第三七期の決算に関する定時株主総会の終結の時まで

取得株式の総数 一万九〇〇〇株を限度とする。

取得価額の総額 五億円を限度とする。

買受対象外株主 甲山E雄、辛田N雄

(三) 右の平成九年七月一九日開催の株主総会決議での自己株式取得に関する決議内容は、商法二一二条ノ二第三項の要件を満たしている。

(四) 本件売買契約の締結後、戊野K平は、同人保有の前記株式七六三株を原告甲山A子に譲渡したので、同原告の保有する被告会社の株式は合計四二八一株となった。

4 原告甲山A子の権限

(一) 原告甲山A子は、本件売買契約のうち、自己以外の者が保有する株式については、第三者のためにする契約として締結した。

原告甲山A子以外の原告及び丙谷H郎ら三名は、被告会社に対し、第一事件の訴状によって、本件売買契約について受益の意思表示をした。

(二) 少なくとも、原告甲山A子以外の本件売主は、同原告に対し、平成九年一二月一六日までに、各自の保有する被告会社の株式を一株当たり三万円の価額で売却することの代理権を授与していた。

(三) 予備的主張

仮に、右第三者のためにする契約等による効果帰属が認められない場合でも、本件売主のうち原告甲山A子以外の者は、それぞれ保有していた株式について、原告甲山A子による本件売買契約を事後に追認した。

5 被告E雄ら二名の責任(黙示の保証)

(一) 本件覚書が作成された平成九年一二月一六日、福島家庭裁判所会津若松支部において、原告甲山A子を申立人、被告E雄ら二名を相手方とする、G子の遺産分割調停事件(同庁平成八年家イ第二一四号遺産分割調停事件。以下「本件調停事件」という。)において合意が成立した。

(二) 本件売買契約は、本件調停事件の合意と一体となって、原告甲山A子らと被告E雄らとの間の、G子の遺産を巡る紛争及び被告会社の支配権獲得を巡る紛争を解決することを目的としているものである。

(三) したがって、被告E雄ら二名は、本件売買契約上、被告会社が本件売主に対し負担する債務を連帯して保証したというべきである。

6 被告E雄の責任(無権代理人の責任)

(一) 被告E雄は、被告会社の代表者として、本件売買契約を締結した。

(二) 仮に、5記載の黙示の保証契約も認められず、かつ、被告会社が一株当たり三万円での売買代金債務を履行しない場合、被告E雄は、本件売主に対し、民法一一七条一項に基づき、本件株式の代金のうち差額相当分を支払う義務を負う。

7 遅延損害金の利率等

よって、原告らは、被告らに対し、被告会社に対しては、本件売買契約に基づく株式の売買代金請求として、被告E雄ら二名に対しては、被告会社の連帯保証人としての義務の履行請求として、被告E雄に対しては、予備的に無権代理人としての義務の履行請求として、本件株式の売買代金及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成一一年二月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める。

なお、商法二一二条ノ二に基づく自己株式の取得行為は、会社がその営業のためにする行為(商法五〇三条一項)に当たるので、右代金の遅延損害金は、同法五一四条により年六分の割合で算出すべきである。

二  本案前の主張

原告らの本件訴えは、被告会社に対し、商法二一二条ノ二に定める株主総会決議及び取締役会決議を、訴訟によって強制しようとするものであって、民事訴訟になじまない。

したがって、原告らの訴えは、被告E雄ら二名に対するものも含めて、いずれも不適法として却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する反論

本件のうち、被告会社に対する請求は、原告ら本件売主と被告会社との間の合意(本件売買契約)に基づいて成立した被告会社の債務の履行を求めるものであり、被告E雄ら二名に対する請求は、その連帯保証人等としての責任を追及するものであり、被告ら主張のように、被告会社に株主総会決議等を民事訴訟で求めるものではない。したがって、本件訴えはいずれも適法なものであるので、被告らの主張は失当である。

四  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は否認する。本件株式は、いわゆる名義株であり、真実は全てG子が保有していたものである。

3 同3の事実について

(一) (一)の事実は否認する。本件覚書には、本件売買契約だけではなく、原告甲山A子と被告会社との間の不動産の売買に関する条項も記載されているが、右売買代金の記載はなく、売買契約として完成していない。したがって、これと同じ覚書に記載された本件売買契約も、合意として成立していないものである。

また、本件売主は、本件売買契約の締結後も被告会社の株主総会において議決権を行使するなど、被告会社の株主として振る舞っているから、本件売買契約の締結と矛盾する行動をとっている。

(二) (二)及び(三)の事実はいずれも認める。

4 同4はいずれも否認ないし争う。

5 同5のうち、(一)の事実は認め、(二)及び(三)はいずれも否認ないし争う。

本件覚書において、被告E雄ら二名が被告会社の債務を連帯保証する旨の文言が一旦記載され抹消されていることからも、(三)の連帯保証の事実は認められない。

6 同6(二)の主張は争う。

7 同7のうち、遅延損害金の利率に関する主張は争う。

五  抗弁

1 強行法規違反(請求原因3に対して)

本件売買契約は、本件売主ら被告会社の特定の株主に対してのみ利益を図る内容となっているので、株主平等の原則に違反するので無効である。

2 心裡留保(右同)

本件売買契約は、当時の被告ら三名の代理人である庚崎弁護士が、本人である被告会社ではなく、相手方である原告甲山A子の利益を図るために、その権限を濫用して締結したものであり、かつ、原告甲山A子において、その事情を知り又は知ることができたものである。

したがって、本件売買契約は、民法九三条ただし書の類推適用により無効である。

3 本件売買契約の失効(右同)

(一) 被告会社は、平成一〇年五月三〇日、第三七回定時株主総会を開催した。

(二) 本件売主は、右の第三七回株主総会の終結までに、被告会社に対し、本件株式の売却の申入れをしなかった。

(三) したがって、本件売買契約は右株主総会の終結により効力を失ったものである。

4 取締役会決議(右同)

(一) 被告会社の取締役会(代表取締役甲山E雄、取締役壬岡O郎、同甲山F江、監査役甲山P介)は、平成一〇年三月一九日、次の決議をした(以下「本件取締役会決議」という。)。

平成九年七月一九日の株主総会決議により承認された、利益消却のための自己株式の買受について、平成九年九月三〇日現在の簿価純資産価額方式により算出した次のとおりとし、買付については代表取締役に委ねる。

買い付けるべき株式の種類 普通株式

今回買い付けるべき株数 一万四五四三株

今回の取得価額の総数 三億二〇八一万八五八〇円

一株当たりの買付の価額 二万二〇六〇円

売主たる株主

原告甲山A子 四二八一株

同乙川B夫 七二三株

同乙川C美 七二三株

同乙川D代 三四四株

丙谷H郎 四〇九〇株

丁沢I介 二八一〇株

丁沢J作 一五七二株

合計一万四五四三株

(二) 右のとおり、本件取締役会決議により、本件売買契約の内容は変更されているから、右契約は不成立となったものである。

5 受領遅滞

(一) 己原弁護士と被告代理人は、本件売買契約締結後の平成一〇年九月ころ、一株当たりの価額を二万八〇〇〇円、売買代金額の総額を四億〇七二〇万四〇〇〇円とするなど本件売買契約の内容を変更する旨の合意をした。

(二) その後、被告会社は、本件売主に対し、右合意に基づく売買代金の一部について口頭で履行の提供をしたが、その受領が拒否された。

(三) 右のとおり、本件売主は、本件株式の売買代金の受領を拒否しているのであるから、被告らは遅延損害金の支払義務を負わない。

六  抗弁に対する認否

1 抗弁1の主張は争う。商法二一二条ノ二による自己株式の取得については、相対取引の相手方等についての定時株主総会の特別決議を要し、売主である株主の議決権は否定されており(同条二項、四項、同法二一〇条ノ二第二項二号、七項)、さらに、売主の追加変更議案提出権(同法二一二条ノ二四項、同法二一〇条ノ二第九項)が定められているのであって、株主平等の要請を保障する特別の措置が講じられている。

右の手続保障を満たしている以上は、株主平等原則違反の問題は生じない。

2 同2の事実は否認する。庚崎弁護士が、本件売買契約に際して、原告甲山A子の利益を図って行動したことはない。

3 同3のうち、(一)及び(二)の事実は認め、(三)の主張は争う。本件売主が、被告ら主張の売買の申入れをしなかったのは、既に本件売買契約を締結していたので新たな手続を不要と考えており、かつ、被告会社において、抗弁4(一)記載のように、一株当たりの取得価額が三万円を下回る取締役会決議をしたためである。

4 同4のうち、(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

5 同5(一)の事実は否認する。本件売買契約の締結後、本件売主と被告らとの交渉の中で、被告らが、同項記載の内容の提案をしたことはあるが、本件売主はこれを拒否しており、合意には至っていない。

七  再抗弁(抗弁4に対して)

1 本件取締役会決議に加わった被告会社の取締役三名のうち、被告E雄ら二名は本件の被告であり、壬岡O郎は、いわゆる天下りの公務員で、被告E雄ら二名と意見を異にすることはない。

2 したがって、こうした構成による取締役会決議により本件売買契約の内容を変更することは信義則違反ないし権利の濫用として許されない。

八  再抗弁に対する認否

再抗弁事実1のうち、取締役会の構成員は認め、壬岡O郎が被告E雄ら二名と意見を異にすることはないことは否認ないし争う。同2の主張は争う。

(第二事件)

一  請求原因

1 第一事件の請求原因1ないし7に同じ

2 権利の譲渡

(一) 丙谷H郎は、第一事件提訴後の平成一一年一二月一〇日、本件株式のうち自己の有する株式並びに訴訟上の権利も含め本件売買契約上の一切の権利義務を原告甲山A子に譲渡し、被告会社に対し、その旨の通知をした。

(二) 丁沢I介及び丁沢J作も、平成一一年一二月六日、丙谷H郎と同様に、それぞれの本件株式に関する権利義務を原告甲山A子に譲渡し、被告会社に対し、その旨の通知をした。

(三) 原告甲山A子は、被告会社に対し、平成一二年八月二七日付けの書面で、右譲受にかかる株式について、同原告への名義書換を請求した。

3 よって、原告甲山A子は、被告らに対し、第一事件と同様に、右譲受にかかる自己株式の売買代金及びこれに対する第一事件の訴状送達の日の翌日である平成一一年二月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1に対する認否は第一事件の請求原因1ないし7に対する認否に同じであり、同2の事実は知らない。

三  抗弁、抗弁に対する認否、再抗弁及び再抗弁に対する認否は、いずれも第一事件と同じである。

第三  本件証拠関係は、本件書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるので、これらを引用する。

理由

第一  本案前の主張について

原告らの本件訴えは、第二事件も含め、被告会社に対するものは、原告ら本件売主と被告会社との間で、被告会社の株式の売買契約を締結したことを理由として、その代金の支払を求めるものであって、右売買契約を有効ならしめる被告会社の株主総会決議等の存在ないし有効性を主張することはあっても、右株主総会決議等を、訴訟によって被告会社に求めるものではない。

また、被告E雄ら二名に対する訴えは、同被告らが、右被告会社の売買代金支払義務を連帯保証した、ないし無権代理人として履行義務を負うとして、その旨の金銭支払を求めるものであって、特に不適法な点は見当たらない。

したがって、被告らの主張は理由がないので採用できない。

第二  第一事件について(一)(被告会社に対する請求)

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2の事実について

乙七及び三一(いずれも平成九年四月九日現在の被告会社の株主名簿)には、請求原因2記載のとおり、本件売主らが株主として記載され、乙一二(平成一〇年五月三〇日現在の被告会社の株主名簿)及び乙一九(平成一一年三月三一日現在の同株主名簿)にも、同様の記載がなされている(ただし、戊野K平保有の七六三株が原告甲山A子に譲渡され、同原告の保有株式が四二八一株に増加している。)。乙三〇(平成八年一二月一六日付けの被告会社発行の持株に関する証明書)にも、原告甲山A子及び丙谷H郎の保有株式数に若干の違いは見られるものの、右乙七等と符合する記載が見られる。

被告らは、本件株式が名義株であって本件売主らの権利ではないと主張するが、右株主名簿の記載が真実に反すると認めるに足りる証拠はない。

むしろ、次の三で述べるとおり、被告E雄は、原告甲山A子らとの間の紛争に際し、被告会社の株式のうち、G子以外の名義の株式は、真実はG子の権利に属する名義株であると考え、各名義人の権利に属することに納得していなかったが、もし、右株式をG子の遺産とすると、その相続税として数億円の支払を余儀なくされることから、これらの株式について名義株であると主張することを断念し、原告甲山A子らとの交渉にあっても、各名義人の権利に属することを前提にすることに同意し、かつ、株主総会の開催にあたっても本件売主らを被告会社の株主として扱っていた事実を認めることができる。

そうすると、もはや、被告らにおいて、本件株式が名義株であると主張することは、少なくとも信義則に違反するので許されないと解する。

三  本件売買契約の経緯について

前記争いのない事実に、証拠(証人庚崎M夫、原告甲山A子本人、被告甲山E雄本人(被告会社代表を兼ねる。以下略)、甲一ないし八、九の1ないし6、一二ないし二一、乙一、二の1、2、三ないし五、六の1、2、七、八の1、2、九ないし一四、一六ないし二四、二八、三一ないし三三)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件当事者らの関係

原告甲山A子は、丙谷H郎の三女として昭和二四年○月○日に生まれた。G子は、丙谷H郎の妹であり、丁沢I介、丁沢J作及び後記の丙谷Q作は、その弟である。丙谷H郎は、南会津郡只見町に本拠を置く、南会工業の代表者をしていた。

被告会社は、右南会工業の会津若松営業所が前身であり、右営業所が独立する形で昭和三七年二月二〇日設立された。被告会社は、G子の夫である甲山R平(以下「R平」という。)が代表者を務めていたが、同人が平成六年一二月一日に死亡した後は、G子が死亡するまで代表者を務めていた。なお、被告会社は、設立以来、株券を発行したことはない。

原告甲山A子は、昭和三〇年一月一四日R平夫婦の養子となった。原告甲山A子が自己が養子であることを知ったのは、成人後のことであった。

原告甲山A子は、乙川S吉(以下「S吉」という。)と結婚し、原告乙川B夫(昭和五二年○月○日生)、同乙川C美(昭和五五年○月○日生)及び同乙川D代(昭和五七年○月○日生)の三人の子をもうけたが、S吉は平成八年一月二七日死去した。

S吉は、原告甲山A子と結婚後、被告会社に入社したが、G子と折り合いが悪くなり、昭和六一年ころ、木下工業を退社し、出身地の山形市に移り、原告甲山A子も子供たちが小さかったこともあって、S吉にしたがって山形市に転居し、その後は、折りにふれて会津若松市に戻り、被告会社の手伝いなどをすることはあったが、継続的に被告会社の仕事に従事したり、R平らの世話をすることはなくなった。

R平らは、S吉が被告会社を退社し、原告甲山A子もS吉にしたがって会津若松を離れたことから、被告E雄を新たな養子とすることにした。被告E雄は、被告会社設立と同時に従業員として採用され、昭和五〇年には取締役となり、R平ないしG子の下で被告会社の仕事をしていた。被告F江も、被告会社の仕事の手伝いやG子らの看護を行ったこともあった。

ただし、当時、配偶者のある者は配偶者とともに養子縁組をする必要があったことから、R平夫婦は、昭和六二年一月二四日、被告E雄及び同F江と養子縁組をした。なお、G子らは、被告E雄らと養子縁組をしたことを、すぐには原告甲山A子らには告げず、原告甲山A子がこれを知ったのは、R平の死後の平成七年の正月ころのことであった。

2  被告会社の経営権を巡る紛争

G子が平成八年一月一三日に死亡した後、本件売主ら原告甲山A子側の者と、被告E雄側の者とが、被告会社の経営権取得を巡って激しく対立するようになった。

すなわち、原告甲山A子は、被告会社が会津地方でも有数の優良企業であり、かつ、自己がG子らの養子で、丙谷H郎の実子であること並びにG子らは生前原告乙川B夫を後継者としようとしていたと考えていたことから、被告E雄らに代わって、被告会社の経営権を握ろうと企図した。一方、被告E雄らも、これまで取締役として被告会社の経営に参画していたことから、自己の側が被告会社の経営権を保持しようと考えた。

G子の死亡当時、被告会社の取締役は、G子、被告E雄及び丁沢I介の三名であり、代表取締役はG子のみであったので、G子の死により、代表取締役が欠け、取締役も法定の員数を欠くこととなった。

G子の死から三日後の平成八年一月一六日付けで、被告会社の臨時株主総会が開かれ、新たに、原告甲山A子(当時乙川姓、平成八年一二月五日甲山に改姓)、丙谷H郎及び丙谷Q作が取締役に選任され、かつ、同日開催の取締役会で、丙谷H郎及び被告E雄の二人が代表取締役に選任された旨の、臨時株主総会議事録及び取締役会議事録が作成された。

さらに、平成八年五月三一日付けで、被告会社の定時株主総会が開催され、被告E雄、丙谷H郎、原告甲山A子、丁沢I介及び丙谷Q作が取締役に重任され、同日の取締役会で、被告E雄及び丙谷H郎が代表取締役に重任された旨の株主総会議事録等が作成され、その旨の登記もなされた。

さらに、平成八年六月一〇日付けで原告乙川B夫が被告会社の取締役に就任した旨の登記が、同年一二月一七日付けで、被告E雄が代表取締役を解任され、原告甲山A子が代表取締役に就任した旨の登記が、それぞれなされた。

これに対し、被告E雄ら二名の子で、被告会社の株主として株主名簿に記載のある甲山T夫は、平成八年一二月一九日、庚崎弁護士及び癸井U雄弁護士(以下「癸井弁護士」という。)を代理人として、被告会社(当時の代表者は丙谷H郎)、丙谷H郎及び原告甲山A子を相手方として、前記平成八年一月一六日の臨時株主総会決議及び同年五月三一日の定時株主総会決議の不存在を主張して、丙谷H郎及び原告甲山A子の被告会社における取締役及び代表取締役としての職務執行の停止を求める仮処分を申し立て(当庁平成八年(ヨ)第五七号事件)、同裁判所は、平成八年一二月二五日、本案判決確定まで、丙谷H郎の取締役及び代表取締役としての、原告甲山A子の代表取締役としての、丁沢I介、丙谷Q作及び乙川B夫の各取締役としての職務執行をそれぞれ停止し、右職務執行停止期間中の取締役兼代表取締役職務代行者として丑木V郎弁護士(以下「丑木弁護士」という。)を選任する旨の仮処分命令をした。

そして、被告会社は、平成九年二月一〇日、丑木弁護士の下で、臨時株主総会を開催したが、右株主総会前に、被告E雄、丙谷H郎及び丁沢I介が被告会社の取締役を辞任し、右株主総会において、新たに、被告E雄、同F江及び壬岡O郎の三名が取締役に選任された。ただし、右株主総会において、G子の保有していた被告会社の株式一万八五五六株について、被告E雄のみが、その議決権を行使した。

原告甲山A子は、右被告E雄による議決権行使を違法と主張して、平成九年二月一四日付け訴状で、寅葉W介弁護士(以下「寅葉弁護士」という。)を代理人として、被告会社を被告とし、右株主総会決議の取消しの訴えを提起した(当庁平成九年(ワ)第二九号事件)。

3  G子の遺産分割調停事件

原告甲山A子は、平成八年一二月二四日、寅葉弁護士を代理人として、福島家庭裁判所会津若松支部に対し、被告E雄ら二名を相手方として、G子を被相続人とする遺産分割調停事件を申し立て(本件調停事件)、右申立書において、G子の保有していた被告会社の株式である一万八五五六株を法定相続分にしたがって分割すると原告甲山A子に被告会社の経営権を握られるので被告E雄ら二名は遺産分割協議に応じないなどと述べた。

本件遺産分割調停事件の期日は、第一回(平成九年三月一一日)、第二回(同年五月一三日)、第三回(同年七月八日)、第四回(同年九月二日)、第五回(同年一〇月七日)及び第六回(同年一二月一六日午前一〇時)の六回の期日が開かれた。ただし、原告甲山A子は、右第一回期日前に、寅葉弁護士に代わって、己原弁護士及び卯波A作弁護士(以下「卯波弁護士」という。)らを代理人に選任し、同弁護士らは、本件調停事件の第一回以降の期日で、原告甲山A子の代理人として出頭した。一方、被告E雄ら二名は、庚崎弁護士及び癸井弁護士を代理人に選任し、庚崎弁護士らも、右調停期日に出頭した。また、原告甲山A子及び被告E雄も、それぞれ当事者本人として、本件調停事件の第一回から第六回期日まで毎回調停期日に出頭した。

本件調停事件において、双方の代理人は、右調停期日に出頭して交渉するだけではなく、双方の代理人事務所が東京都にあったことから、期日外においても、面談や文書のやりとりの方法で交渉を重ねた。そして、双方代理人とも、相手方から提案があった場合には、それぞれの依頼者本人にこれを伝えて検討を求めた。

4  紛争の解決方向

本件調停事件では、被告会社の経営権を原告甲山A子側が握るのか、被告E雄側が握るのかが、大きな問題点となった。すなわち、当時の被告会社の発行済み株式総数は四万株であったが、このうち、本件株式(合計一万四五四三株)は、原告甲山A子側の者が保有しており、前記G子名義の株式一万八五五六株を法定相続分にしたがって分割すると、原告甲山A子は、その三分の一である六一八五株(小数点以下切捨)を取得することとなり、前記の一万四五四三株を加えると合計二万〇七二八株となって、原告甲山A子側が発行済み株式総数の過半数を獲得し、経営の実権を握ることができた。

これに対し、被告E雄らは、自分達が経営権を握る形での解決を強く希望し、庚崎弁護士らに対し、右経営権獲得のためには、被告E雄ら二名の相続する遺産の合計がG子の遺産の半分位になっても構わないと述べた。なお、被告E雄は、当初は、本件売主を含め、被告会社の株式のうちG子以外の名義の株式は、いわゆる名義株であり、名義人ではなくG子の遺産に属すると主張していたが、もし、これら株式をG子の遺産とすると、数億円の相続税を支払わなければならないことになるので、右株式を名義株として扱うことは断念し、いずれも各名義人の権利に属することを前提に交渉することにした。なお、被告F江は、本件紛争を通じて、被告E雄と同一歩調をとり、特に被告E雄と異なる意見や行動をとることはなかった。

一方、原告甲山A子は、当初は自己の側が被告会社の経営権を取得する解決を強く望み、その旨を己原弁護士らにも伝えたが、同弁護士は、同原告に対し、このまま調停が不成立となり審判に移行した場合、G子の株式全てが、実際に被告会社の経営に当たっていた被告E雄ら二名に相続させられる可能性があると判断し、その場合、被告E雄側が被告会社の過半数の株式を取得し、原告甲山A子らは被告会社の経営から排除されて、被告会社の株式を保有していても無意味となってしまうおそれがあるので、G子の株式を被告E雄側に相続させ、原告甲山A子らが保有する株式も相当額で被告E雄らに譲渡し、G子の遺産のうち被告会社の株式以外の財産を取得する方が、適切な解決方法であると提案した。原告甲山A子も、右の審判に移行した場合G子の株式が全て被告E雄ら二名が取得する可能性のあることを知って、己原弁護士の助言にしたがい、G子の株式を被告E雄ら二名に相続させることを基本的に了承した。ただし、G子の遺産のうち被告会社の株式が大きな割合を占めていたことから、これを被告E雄ら二名に取得させると、他の遺産を原告甲山A子が相続しても、原告甲山A子が取得する遺産の額が、全体の二分の一を下回ってしまい、かつ、原告甲山A子は、被告会社の経営権取得への執着を持っていたことなどから、原告甲山A子は、本件株式について、相当額での買取を求めた。

一方、被告E雄も、G子の株式全てを相続して被告会社の経営権を握っても、原告甲山A子側の者が被告会社の株式を保有していると、株主権の行使などを通じて、自己の会社経営に介入されるおそれがあると考え、原告甲山A子側の者(本件売主)の保有する株式全ての取得を希望した。

こうして、原告甲山A子も、被告E雄ら二名も、同原告側の者が保有する被告会社の株式を被告E雄側に譲渡する方向で基本的に合意し、これに沿って話し合いが進んでいった。そして、その譲渡の相手方ないし方法の点について、当初は、被告E雄ら個人が譲り受ける方法も検討されたが、その場合、被告E雄ら個人が多額の売買代金を捻出しなければならないことから、被告E雄側は、原告甲山A子側に、同被告ら個人が譲り受けるのではなく、平成六年の商法改正によって設けられた、定時株主総会の決議による株式の消却(商法二一二条ノ二)の方法で被告会社が買い受ける方法を提案し、原告甲山A子としては、いずれの方法でも、現実の売買代金が支払われるのであれば、特に同原告らの利害に関係しないと考え、これを了承した。ただし、原告甲山A子は、被告E雄側に対し、被告会社が現実に売買代金を支払わない場合には、被告E雄ら二名が代わって支払うことを約束することを求め、被告E雄ら二名もこれを了承した。

5  本件株式の売買代金額の決定

問題は、本件株式の一株当たりの売買代金額をいくらにするかであって、双方の協議の際、種々の算定方法が取り上げられた。まず、G子の相続税の申告のための当初の評価額では、一株当たり二万六六三一円であったが、税務当局による税務調査が行われた後の申告では、二万九五六一円と評価して行った。また、平成九年三月三一日時点での、類似業種比準方式では、一万〇九六九円であったが、同日時点での、被告会社の純資産方式では、二万五七四六円であった。そして、これらの評価額は、双方代理人の交渉での検討材料となり、各本人にも伝えられた。

前記のとおり、原告甲山A子は被告会社の経営権獲得を強く希望していたことや、原告甲山A子がG子の遺産の半額を取得することを実現するためには売買代金額を相当な金額としなければならないことから、原告甲山A子にあっては三万円を超える金額を主張していたこともあったが、最終的に、本件株式の売買代金額を一株当たり三万円とすることで、概ね双方の折り合いがついた。

すなわち、被告会社は、平成九年六月一三日付けで、第三六回定時株主総会(平成九年六月二八日開催)招集の通知を作成したが、決議事項の第三号議案として、利益消却のための自己株式の取得が挙げられ、議案の要領として、取得株式の総数を一万九〇〇〇株を限度とし、取得価額の総額を五億円を限度とし、買受対象売主として、本件売主全員を含む株主を記載し、第三六回定時株主総会(ただし、平成九年七月一九日開催)では、同じく第三号議案として、招集通知書記載の同号議案と同旨の決議がなされた。右取得価額の限度額である五億円を、本件株式の総数一万四五四三株で除すると、一株あたり三万四三八〇円ほどとなり、前記一株あたりの売買代金額三万円を実現することが可能であった。

6  本件覚書等の条項の合意経過

双方代理人は、当初、前記の本件売主らが保有する株式の売買の問題も、本件調停事件の中で解決することを考え、己原弁護士らは、本件株式の売買に関する条項も加えた遺産分割協議書案を作成していたが(甲一二の別紙2)、家事事件の中で被告会社も当事者となる条項を設けることは不適当と考えたことから、双方代理人は、遺産分割とは別に覚書の形式で、右株式売却に関する取決めをすることにし、かつ、G子の遺産分割に付随して交渉のなされていた、原告甲山A子と被告E雄ら二名ないし被告会社との間での不動産の取引に関する条項も右覚書に盛り込んで解決することになった。

すなわち、己原弁護士らは、平成九年一一月二七日付けの覚書の案を作成し(甲一二の別紙3)、庚崎弁護士に送付して検討を促した。なお、これら覚書案は、己原弁護士らがワープロで起案したものであるが、いずれもB四版横書き左右二頁の体裁のもので、左側の一頁目に覚書(案)との表題と本文の条項が記載され、右本文の後に日付欄と当事者の署名欄が右側の二頁目にわたって設けられ、一頁目の冒頭で、被告E雄、同F江、原告甲山A子、被告会社を、順に、甲、乙、丙、丁と略称する旨記載されていた。

前記平成九年一一月二七日付け覚書案では、一条で「丁は、別紙株主一覧表記載の株主らから、同株主らが保有する丁の株式について、丁の定時株主総会及び取締役会の決議を経たうえ、本覚書締結後すみやかに一株あたり金二万五七四六円にて自己株式消却目的のために取得する。」と記載して本件株式の売買を定め、二条で、原告甲山A子所有の不動産と被告E雄ら二名及び被告会社の所有する不動産の交換を、三条で、被告E雄ら二名が本覚書に基づいて被告会社の原告甲山A子に対する債務を連帯保証する旨を、それぞれ規定していた。しかし、同年一二月一二日付けの覚書案では(甲一二の別紙4)、一条で、前同様の文言で本件株式の売買を(ただし、一株当たり三万円)、二条で、前同様の不動産の交換を、三条で、被告会社が原告甲山A子に不動産を売り渡すことを(ただし、売買代金の欄は空欄のままであった。)、四条で、前同様、被告E雄ら二名が被告会社の債務を連帯保証することを、それぞれ定めていた。

庚崎弁護士らは、こうした己原弁護士側からの提案の書面を、依頼者本人である被告E雄らに送付するなどして検討を促し、被告E雄らも、庚崎弁護士らを通じて伝えられた原告甲山A子の提案を見聞し、検討していた。ただし、本件株式の売買代金額については、被告E雄らは、必ずしも三万円との金額に納得しておらず、また、前記のとおり名義株であるとの考えも持っていたことから、一株当たり三万円で買い受けることには消極的な姿勢を崩さなかったので、庚崎弁護士も、右の点は、後記の平成九年一二月一六日の調停期日までに結論を出すことで被告E雄らと了解した。

こうした双方の交渉を通じて、平成九年一二月の中頃には、(一)被告E雄側がG子の遺産の被告会社の株式を全て取得する、(二)その余のG子の遺産は全て原告甲山A子が取得する、(三)原告甲山A子側の者の被告会社の株式を被告会社が利益消却の方法で買い受ける、(四)原告甲山A子と被告E雄ら二名ないし被告会社との間で不動産の交換をする、(五)被告会社は原告甲山A子に不動産を売り渡す、(六)原告甲山A子は被告会社に不動産を売り渡す、(七)被告E雄ら二名は、右(三)ないし(六)記載の被告会社の債務を連帯保証することを骨子とする合意が形成されていた。

7  平成九年一二月一六日の経緯

本件調停事件の第六回期日は、同日午前一〇時と指定されており、同時刻ころ、福島家庭裁判所会津若松支部の調停室には、家事審判官、二人の家事調停委員らが着席しており、原告甲山A子側は、同原告本人、代理人の己原弁護士及び卯波弁護士が出頭し、被告E雄ら側は、被告E雄本人、同F江本人及び同人らの代理人の庚崎弁護士が、それぞれ出頭した。庚崎弁護士は、右調停期日当日、調停の開始時刻前に、被告会社の事務所で、被告E雄らと面談し、同被告らに、本件株式の売買代金額について、原告甲山A子側の希望である三万円の案を受け入れて最終的な解決を図るべきだと助言したが、被告E雄は、少しでも安い価額としたい旨述べたので、庚崎弁護士は、調停の席で原告甲山A子らと交渉してみることとし、被告E雄ら二名とともに、本件調停のために出頭した。

調停の席では、双方の合意した調停条項の確認が始められたが、当事者らが、調停成立の前提として、前記覚書の作成をその場でしたいと申し出たので、家事審判官は一旦退席し、右当事者らは、引き続き調停室で覚書の作成に取りかかった。

このとき、己原弁護士らは、同弁護士らが同年一二月一五日に起案した覚書の原稿を持参しており、その内容は、一条で前同様の条件で単価三万円での株式売買、二条で不動産の交換、三条で被告会社の不動産の売渡し、四条で原告甲山A子の不動産の売渡し、五条で被告E雄ら二名の連帯保証をそれぞれ規定するものであったが、己原弁護士らは、当初の覚書案より条項が増加したのに伴い、そのまま記述を増やすと、五条が右側の二頁目に移動して不体裁になると考えたことから、右五条も一頁目に記載するため、四条と五条との間の空欄(一行分の空白)を削ったが、その際誤って、「第5条」との前記五条の条数の記載も削ってしまい、四条の本文と五条の本文とが接し、あたかも、従前の五条が四条の後段であるかのような体裁となった。しかし、本件覚書への署名押印の際、己原弁護士も含め、この点に気づく者はなく、当事者本人及びそれらの代理人とも、この点を問題とする者はいなかった。

庚崎弁護士は、前記の被告E雄らの意向に沿って、原告甲山A子側に対し、本件株式の売買代金額を一株当たり二万八〇〇〇円ないし二万九〇〇〇円とすることができないか申し入れたが、原告甲山A子が強く拒絶し、次に述べるとおり、本件調停事件成立後に発見されたG子の遺産を原告甲山A子と被告E雄ら二名で半分ずつ相続する旨の合意ができたことから、被告E雄ら二名及び庚崎弁護士も、一株当たり三万円の単価を受け入れた。

すなわち、右一二月一六日の調停の席では、本件株式の売買代金額のほかに、本件調停が成立した後に新たにG子の遺産が発見された場合の帰属や覚書三条及び四条の不動産の売買代金額及び明渡時期が問題となった。

前者の問題について、原告甲山A子は、自己が全て取得したい旨述べたが、被告E雄はこれに強く反対して、半分ずつとすることを要求し、これが受け入れられなければ、一株三万円の単価での合意を拒否すると述べたので、原告甲山A子も、右半分ずつでの相続に同意し、原告甲山A子と被告E雄ら二名がそれぞれ半分ずつ取得することで合意が成立した。そして、右合意を書面化するため、庚崎弁護士が、覚書とは別に、罫紙に手書きで右文言を記載し、これに、被告E雄、同F江、原告甲山A子、庚崎弁護士、己原弁護士の順に署名押印した(甲一三の覚書)。

後者の不動産の各売買の問題では、三条の被告会社の不動産の売却は、売買代金額が合意に至らなかったので後日交渉することとし、四条の原告甲山A子の不動産の売却は同原告が難色を示したので、被告E雄ら二名も同意のうえ取りやめることとし、右条項を削除することとなった。

そこで、己原弁護士が、覚書の四条(前記連帯保証の文言も含む。)の下の空欄に、手書きで「第五条 甲乙丙丁は、第四条を削除することを確認し、第三条の売渡しの代金額及び明渡期日について丙と丁は追って協議のうえ決定する。」との文言を記入した。なお、前記のとおり、被告E雄ら二名の連帯保証の条項である本来の五条は、四条の後段のような体裁となっており、右の加入された新たな五条の文言にしたがえば、後段の連帯保証の条項も削除されるように解釈し得ることになったが、このとき、被告E雄ら二名を含め、右新五条の記入により、同被告らの連帯保証責任が免除されると発言した者はなく、己原弁護士や庚崎弁護士も被告E雄ら二名の連帯保証責任には何ら変動はないと理解していた。

そして、右新五条の記入に当たっては、代理人も含め当事者らが、記述の横に訂正印を押すことになったが、被告E雄が被告会社の記名印と代表印を忘れてきたので、当事者らは、調停成立後、速やかに被告会社事務所に移動して本件覚書を完成させることで合意し、被告会社を除く当事者及び代理人全員が、右覚書に署名押印及び訂正印の押捺をした。

こうして、二通の覚書への当事者ら個人の署名押印が終了した後、再び家事審判官が調停室に入って、最終的に調停条項を確認し、代理人も含め当事者全員がこれに同意し調停が成立した。調停が終了したときには、午後零時ころになっていた。そして、調停成立後、所用のあった己原弁護士を除き、当事者及び代理人らは、その足で被告会社の事務所に移動し、被告E雄は、前記覚書に、被告会社の記名印と訂正印を含め代表印を押捺し、覚書は完成した(本件覚書)。

なお、前記のとおり、この日の調停は二通の覚書の作成やこれらに関する当事者の交渉を含め、午前一〇時ころから午後零時ころまでかかったが、その間、前記のとおり、被告E雄が、本件株式の売買代金の点などで原告甲山A子側と対立し、合意の成立が危ぶまれたことがあったので、庚崎弁護士が調停室外の廊下で、このまま合意が成立しなければ、原告甲山A子側が被告会社の経営権を握る可能性があること、平成九年内に解決するのが穏当であることなどを述べて数分ほど説得したことがあったが、被告E雄も、最終的に庚崎弁護士の説得を受け入れ、被告F江も同E雄にしたがい、本件調停事件の成立及び前記二通の覚書の作成に至ったもので、右合意の際に、被告E雄ら二名が明示的にその内容に反対したことはなかった。

本件調停成立後、原告甲山A子は、前記株主総会決議取消請求訴訟(当庁平成九年(ワ)第二九号事件)を取り下げた。なお、前記当庁平成八年(ヨ)第五七号仮処分命令申立事件は、被告会社(代表者被告E雄)の申立てにより、平成九年三月七日、事情変更を理由に取り消されている(当庁平成九年(モ)第二二号事件)。

8  本件調停等の成立後の経緯(被告E雄ら側代理人の解任)

被告E雄は、本件調停等の成立後も本件株式の売買代金が高額で、これらの売買代金(合計四億三六二九万円)が被告会社から流出することに不安を覚えたこともあったが、平成九年中は、その売買代金の支払のために、被告会社の取引銀行である福島銀行融通寺支店に対し、右売買代金の支払の手続を指示したこともあった。庚崎弁護士は、被告E雄の右行動は把握していなかったが、被告会社において、本件覚書にしたがって本件株式の売買代金の支払をするものと考えていた。

庚崎弁護士は、平成一〇年一月になって、被告E雄に対し、右売買代金の準備ができたか問い合わせたところ、同被告は、一株当たり三万円の売買代金額には納得しないなどと述べたので、庚崎弁護士は当惑し、被告E雄らとの信頼関係を回復し、本件覚書の約定の不履行の事態を解決しようと考えて、被告E雄ら二名に対し、癸井弁護士と連名で「事件処理に関する当職らの見解」と題する書面(乙二八)を送付して、原告甲山A子側との紛争発生以来同弁護士らが被告E雄らの利益のために尽力してきたことを説明し、平成一〇年一月三一日には、被告E雄らと面談し説得を試みたが、被告E雄らは納得せず、庚崎弁護士及び癸井弁護士を解任し、新たに、本件の訴訟代理人でもある鈴木隆弁護士(以下「鈴木弁護士」という。)を代理人に選任した。以後、原告甲山A子側との交渉では、鈴木弁護士が代理人として対応した。

9  本件調停等の成立後の経緯(取締役会決議等)

被告会社は、本件覚書の作成後の平成一〇年三月一九日、抗弁4(一)記載のとおり、利益消却のための自己株式の買受について、一株当たりの取得価額を二万二〇六〇円とするなどの内容の取締役会決議を行った。そして、被告会社ないし被告E雄らは、原告甲山A子ら本件売主に対し、これら取締役会決議による単価での本件株式の売却を求めたこともあったが、原告甲山A子らは、本件覚書で定めた単価より低くなったことから、被告会社らの申入れを拒否した。

被告会社は、その後も、次のとおり、利益消却のための自己株式の買受について、株主総会決議及び取締役会決議を繰り返した。

(平成一〇年五月三〇日開催の株主総会)

取得株式の総数

一万九〇〇〇株を限度とする。

株式価額の総数

五億円を限度とする。

買受対象売主

原告甲山A子ら本件売主(ただし、戊野K平を除く。)

(平成一一年一月一三日開催の取締役会)

今回買い付けるべき株数

一万四五四三株

今回の取得価額の総数

三億六四一八万五八〇六円

一株当たりの買付の価額

二万五〇四二円

売主たる株主

原告甲山A子四二八一株など前同様本件売主の合計一万四五四三株

(平成一一年五月二八日開催の株主総会)

取得株式の総数

一万九〇〇〇株を限度とする。

取得価額の総数

五億円を限度とする。

買受対象株主

次の者のうち買受消却を承諾する者。

原告甲山A子、同乙川B夫、同乙川C美、同乙川D代、丙谷H郎、丁沢I介、丁沢J作、

四  請求原因3について

右三で認定したとおり、原告甲山A子及び被告会社代表者である被告E雄は、本件覚書にその内容を了解した上で、それぞれ署名ないし記名及び押印をしており、本件覚書一条には、請求原因3(一)記載の合意に沿う文言が明記されているのであるから、原告甲山A子と被告会社との間で、本件売買契約は成立しているものである。

なお、被告らは、本件覚書の三条に記載された不動産売買の売買代金額が定まっていないことから同じ書面で作成した本件売買契約も成立していない旨主張するが、本件売買契約と右不動産の売買契約とは全く別個の法律行為であり、こうした別個の法律行為を一通の書面で行ったとしても、それらの成立等に関し当然に牽連関係を生じる訳ではない。そして、本件覚書一条の文言上、三条を始め他の条項に定める法律行為の成立等が、一条所定の本件売買契約の条件になっているとは解釈できない。また、前記三の認定事実中の本件覚書の作成の経緯に照らしても、本件覚書一条の合意にそうした附款が付された事実は認められない。被告らの右主張は到底採用し得るものではない。

また、被告らは、本件売買契約締結後も本件売主らが被告会社の株主として議決権等を行使していること(この事実は原告らも争わないものと認める。)をもって本件売買契約締結と矛盾する旨主張するが、後記のとおり、被告会社は、本件売買契約に基づく売買代金を支払っていないのであるから、本件売主らが株主権を行使することをもって、本件売買契約の締結が否定されることにもならない。したがって、右の被告らの主張も理由がない。

なお、本件覚書一条は、前記のとおり、定時株主総会及び取締役会の決議を経たうえと規定するが、定時株主総会決議については、本件売買契約に先立ってなされていることは当事者間に争いがないので(請求原因3(二))、当事者の合理的意思解釈として、新たに行うことは不要であり、取締役会決議については、後記のとおり、本件売買契約後に抗弁4(一)記載のとおりなされているので、いずれも右手続的な要件を充足しているというべきである。

五  抗弁1ないし3について

1  抗弁1について

被告らは本件売買契約は株主平等の原則に違反するので無効であると主張する。

しかし、商法二一二条ノ二に定める株式の消却は、まず、既存株主の保護のために定時株主総会の決議を要し(同条一項)、いわゆる非公開会社では特別決議によることを要し、この特別決議をする場合には売主である株主は議決権を行使できず、行使できない議決権の数は出席した株主の数に算入されないほか(同条四項による二一〇条ノ二第七項等の準用)、売主たる株主は右定時株主総会の招集通知に記載され、非公開会社の場合は、右通知を受け取った株主は自己も売主に加えるべき旨の追加変更議案提出権を有するものである(同条四項による二一〇条ノ二第八項ないし第一〇項等の準用)。

右のとおり、商法二一二条ノ二は、定時株主総会決議による株式消却のための株式買受にあたって、消却される株式以外の株主の保護の措置をとっているのであって、これらの要件を満たした以上は、仮に、右株式消却の結果、消却した株式の一株当たりの取得価額と残存する株式の一株当たりの純資産額に不均衡が生じたとしても、それはもはや法の問題とするところではないと解すべきである。右の売主以外の株主の保護の制度をふまえても、なお株主平等の原則に反すると主張するのであれば、それは、商法二一二条ノ二の規定自体を否定する論理といえよう。

なお、本件売買契約が、商法二一二条ノ二第三項の要件を満たしていること(請求原因3(三))は当事者間に争いがなく、その他、本件売買契約が商法二一二条ノ二の要件を満たしていない事実は認められない。

2  同2について

庚崎弁護士が、本件売買契約締結に際し、その代理権を濫用し、原告甲山A子の利益を図った事実は、本件全証拠に照らしても認められない。この点に関する、被告E雄の供述は、客観的裏付けを欠く上、その内容も曖昧で了解困難な点も含むものであり、到底採用できるものではない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、抗弁2の主張は採用できない。なお、本件覚書には、庚崎弁護士だけではなく、被告E雄も、被告会社の代表者として、記名押印をしているのである。

3  同3について

(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。ただし、後記のとおり、本件売買契約は、平成一〇年三月一九日になされた本件取締役会決議により、内容が確定し、被告会社には、本件売主に対し、右取締役会決議で定めた内容での売買代金等の支払義務が発生すると解するので、被告会社の第三七回定時株主総会の終結によっても、もはや本件売買契約の効力が失われることはない。

六  請求原因4について

原告らは、主張(一)において、本件売買契約に際し、原告甲山A子は、自己の有する以外の本件株式について、第三者のためにする契約として締結したと主張する。しかし、第三者のためにする契約によって、契約者は第三者に付随的な負担は別として、義務を負わせることはできないところ、本件売買契約では、本件売主は、各自の保有する株式を被告会社に譲渡する義務を負うことになるのであるから、これはもはや付随的負担とはいえず、第三者のためにする契約としては許されないものである。ただし、三で認定した本件売買契約締結の経緯に照らせば、原告らの主張(二)のとおり、原告甲山A子以外の本件売主は、同原告に対し、本件売買契約締結について事前に代理権を授与していたと評価することも可能である。また、原告甲山A子の当時未成年の子である原告乙川C美らにあっては、S吉の死後の出来事であることから、本件売買契約の締結はその親権の行使として許される可能性もある。

そして、第一事件提訴後に脱退した丙谷H郎ら三名も含め、原告甲山A子以外の売主も、同原告と同一の代理人に委任して、本件売買契約が有効に成立していることを前提として第一事件を提起している(戊野K平にあっては提訴前に自己の保有する株式を原告甲山A子に譲渡している。)ことからすれば、少なくとも、これら売主も、本件売買契約の締結を事後に追認しているというべきである(主張(三))。

したがって、原告甲山A子による本件売買契約は、同原告以外の本件売主にも効果が帰属する。

七  抗弁4について

1  同(一)の事実は当事者間に争いがない。

ところで、本件においては、前記のとおり、被告会社の平成九年七月一九日開催の第三六回定時株主総会において、買受対象株主を本件売主を含む株主とし、取得株式の総数を一万九〇〇〇株を限度とし、取得価額の総額を五億円などと定めたこと(請求原因3(二))は当事者間に争いがなく、その後の平成九年一二月一六日、本件売買契約が締結され、同契約の合計一万四五四三株を一株当たり三万円の単価で売買する旨の内容は、右株主総会決議の定めた要件を満たすものである。

しかし、商法二一二条ノ二による自己株式の買受において、定時株主総会の決議により売主とされた株主のうちから、具体的に誰から、どれだけの株式を、どのような価額で買い受けるかは、右定時株主総会の決議によって授権を受けた取締役の裁量に委ねられるものであり、かつ、右具体的な売買の内容の決定は、重要な業務執行行為であるので、取締役会の決議によるべきである(商法二六〇条二項)。すなわち、会社は、定時株主総会において商法二一二条ノ二による株式買受を決議し、かつ、これに対応する内容の自己株式の売買契約を締結しても、当然に右契約ないし議決の内容で、売主とされた株主の株式を買い受ける義務を負うものではない。

2  そうすると、本件では、被告会社において、本件売買契約に定めた一株当たりの単価を三万円とする取締役会決議はなされていないから、被告会社は、本件株式の売買にあって、当然に、本件売買契約の内容に拘束される訳ではなく、本件売買契約の後に初めてなされた、利益処分のための自己株式取得に関する本件取締役会決議にしたがって、本件売主に対する売買代金の支払義務等を負うものである。すなわち、被告会社は、本件取締役会決議により確定ないし修正された内容の限りで、本件売買契約上の債務を負うのである。

3  この点に関し、被告らは、本件取締役会決議により本件売買契約は不成立になったと主張する。しかし、本件売買契約と本件取締役会決議とは、内容的に、一株当たりの売買単価が減額されたほかは、売主となる株主及び株式の数の点では何ら違いはないから、全く別個のものではなく同一性を有するものというべきである。そして、こうした、取締役会決議により、それに先行する自己株式の売買契約の一部が変更された場合にも、取引の安全ないし当事者の合理的意思解釈の見地から、被告会社は、自己株式の売主に対し、取締役会決議により定まった具体的な債務を負うというべきである。したがって、本件売買契約が不成立になるとの被告の主張は採用できない。

八  再抗弁について

1  原告らは、本件取締役会決議をした取締役会の構成が、被告E雄ら二名及び壬岡O郎であることから、本件売買契約の内容を変更することは許されないと主張する。

2  この点について判断するに、証拠(証人辰口B雄、被告甲山E雄本人、乙八の2、二九の1)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

本件取締役会決議(平成一〇年三月一九日)において定めた一株当たり二万二〇六〇円との売買価額は、右取締役会に先立つ平成九年九月三〇日(第三七決算期中の中間決算時期)時点の被告会社の簿価純資産額八億八二四一万円を発行済み株式総数四万で除した一株あたり純資産額によるものである。ところで、本件売買契約に先立つ平成九年三月三一日(第三六決算期の最終決算時期)の被告会社の簿価純資産額は一〇億九一七五万二〇〇〇円であり、一株当たりの純資産額は二万七二九四円であった。

このように、半年の間に被告会社の純資産額が大きく減少した原因は、被告会社の法人税について税務当局の調査が入り、被告会社は平成九年六月二五日修正申告を行って、一億三三〇〇万円強の本税及び重加算税を納めたため、これに伴う多額の現金の流出が起きたこと、及び、平成一〇年度では建設局発注の工事が前年比七パーセントも減少するなど契約高の減少が起きていたことが原因となっている。また、平成九年九月三〇日時点の純資産額を前提に、本件株式を一株当たり三万円で消却すると、残存する株式の一株当たりの純資産額は一万七五二四円となってしまい、著しい不均衡を生じる。

これらの事情に照らすと、平成九年九月三〇日時点での被告会社の純資産額を根拠に、一株当たりの取得価額を二万二〇六〇円と定めた本件取締役会決議は一応合理性を有するというべきである。

3  もっとも、前記三で認定した本件売買契約前後の経緯に照らせば、本件取締役会決議がなされたのは、被告E雄らにおいて、本件売買契約で定めた一株当たり三万円の単価に内心は納得できずにおり、かつ、G子の株式を被告E雄ら二名で取得したことによって、被告E雄側の者が被告会社の発行済み株式総数の過半数を獲得することができたので、原告甲山A子側の株式を敢えて買い受けなくとも被告会社の経営権を握ることができると判断し、本件売買契約で定めた一株当たり三万円の売買代金を本件売主らに支払うことが惜しくなったことによる可能性も高いというべきである。そして、少なくとも、本件覚書に署名押印した当事者である被告E雄ら二名が、取締役会において、本件株式を一株当たり三万円で買い受けることを決断すれば、多数決からこれが取締役会決議の内容となったはずである。

4  ただし、商法二一二条ノ二は、前記のとおり、残存株主の保護規定のほか、財源による買受の制限の規定(同条五項)及び取締役の責任規定(同条六項、七項)を設けているのであり、かつ、一般的に、会社の財務状況は時の経過とともに常に変動する性質のものであって、当該時点の財務状況に応じて適切な対応をとらないと会社の存続そのものにさえ重大な悪影響が生じ得るものである。したがって、商法二一二条ノ二による株式消却の具体的な内容を決定した取締役会決議の有効性を判断するに当たっては、決議をした取締役らの個人的な思惑や利害とは別に、会社資産それ自体の保護の要請も考慮して、総合的に判断すべきである。

そして、2で述べた被告会社における純資産額の減少の事実及びその程度などと3で述べた被告E雄らの思惑及び本件売買契約の締結に至った事情などを総合すると、一株当たりの売買単価を二万二〇六〇円とした本件取締役会決議は有効というべきである。

なお、本件売買契約は、前記のとおり、原告甲山A子らと被告E雄らとの間の紛争を解決するために締結されたものであり、かつ、一株当たりの単価三万円は、本件調停事件において、原告甲山A子の取得する遺産と被告E雄ら二名の取得する遺産の額を半額ずつとするための調整のためからも決定されたものである。しかし、こうした事情、特に、遺産分割という家事事件の解決の一環として行われたという経緯があるにせよ、それが株式の消却という商法上の行為を選択して行われたものである以上、商法上の規制によって、一定の制限を受けることはやむを得ないというべきである。

5  以上の次第で、本件売買契約は、一株当たりの売買単価を二万二〇六〇円とする限りで効力を有し、被告会社は、本件各売主に対し、その有する株式について、右単価で買い受ける義務を負う。

なお、本件消却の対象となっている株式について、いずれも株券は発行されておらず、したがって、本件請求にあたっても、被告会社に対し、株券の提供もなされていない。しかし、被告会社は設立以来一度も株券を発行しておらず、本件売買契約締結の時点から本件口頭弁論終結時(平成一二年九月二一日)までの期間を考慮しても、株券発行に必要な期間は経過しているというべきであり、被告会社は株券の発行を不当に遅滞していると評価できる。そして、消却のためだけに株券の発行を求めることは、要する事務や費用に比して実益に乏しいといえ、被告会社に不必要な負担を強いることになるというべきである。

したがって、商法二〇四条二項等の規定にかかわらず、本件においては、株券の発行ないし提供がなされていなくても、本件売主は、被告会社に対し、本件売買契約に基づいて、その売買代金を請求することができ、かつ、それにより被告らを遅滞に陥らせることができると解する。

九  抗弁5について

1  証拠(原告甲山A子本人、甲一二、乙三二)及び弁論の全趣旨によれば、被告E雄ら二名の代理人となった鈴木弁護士は、平成一〇年九月一七日付けの書面で、己原弁護士らに対し、本件売買契約の履行に関し、一株当たりの単価を二万八〇〇〇円とし、かつ、二年にわたって順次本件株式の消却を行うことなどを提案し、己原弁護士らも早期の紛争解決の点から検討したが、原告甲山A子は、一株当たりの単価が三万円を下回ることに不満を抱き、かつ、本件覚書三条に記載した不動産の売買の点でも被告E雄らの提案に納得できなかったことから、右一株当たり二万八〇〇〇円等とする提案には同意せず、己原弁護士らを解任した事実を認めることができる。

したがって、抗弁5記載の合意の成立は認められないから、その余の点を判断するまでもなく、同項記載の主張は採用できない。

2  右のとおり、履行の提供の主張は採用できず、かつ、第一事件の訴状が、平成一一年二月一六日に被告会社に送達されたことは記録上明らかであるので、被告会社は翌二月一七日から遅滞の責めを負う。

そこで、商法二一二条ノ二による株式の消却のための株式の売買について検討するに、これは、原告の主張するように企業経営上の要請に資するものともいえるが、その性格上、会社がその目的にしたがって行う商取引に必要な行為には当たらず、いわゆる組織法上、団体法上の行為というべきである。

したがって、商法五〇三条一項にいう営業のためにする行為には当たらず、かつ、商法二一二条ノ二に基づく株式の買受であると、その法的性格が明らかになっているのであるから、同法五〇三条二項により営業のためにする行為と推定されるものでもない。よって、右買受による売買代金の遅延損害金の利率は民法所定の年五分と解すべきである。

第三  第一事件について(二)(被告E雄ら二名に対する請求)

前記第二の三等で認定したとおり、本件売買契約は、原告甲山A子らと被告E雄らとの間の、G子の遺産分割及び被告会社の経営権取得を巡る紛争を解決する一環として締結されたものであり、その解決交渉の過程で、原告甲山A子側は、被告E雄ら二名が被告会社の覚書上の債務を連帯保証することを強く求め、同被告らもこれに同意し、本件売買契約締結前の交渉段階でも、その旨明記された覚書案が当事者間でやりとりされ、本件覚書の作成の際は、己原弁護士らの過誤により、右連帯保証条項が削除されるかのような記述が加えられたが、庚崎弁護士も含め双方代理人とも、これにより被告E雄ら二名の連帯保証責任が免除されるとの認識は持っておらず、被告E雄ら二名を含め本件覚書の作成に関与した者で、その旨を明示的に発言する者もいなかったものであり、右一連の交渉にあって、被告F江は同E雄と行動をともにし特に異なる意見は持たなかったものである。

こうした、本件覚書作成の経緯及び同五条の記入の位置づけなどに照らすと、被告E雄ら二名は、原告甲山A子ら本件覚書上の債権者に対し、なお、被告会社の連帯保証人としての責任を負うというべきである。

そして、右連帯保証契約の締結された経緯に照らせば、被告E雄ら二名が負う責任の内容は、本件覚書の記載どおりの債務額と、前記の取締役会決議などで制限されたうえで被告会社が負う債務額との差額などではなく、本件覚書一条記載の計算方法による債務全額を、それぞれ独自に負担するものというべきである。

したがって、被告E雄ら二名は、各自、原告らに対し、一株当たり三万円で計算した売買代金全額を支払う義務を負う。そして、第一事件の訴状が、被告E雄ら二名に対し、いずれも平成一一年二月一六日に送達されたことは記録上明らかである。したがって、右被告両名も翌二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務も負う。

第四  第二事件について

請求原因1の事実並びに抗弁、再抗弁についての判断は、第一事件について述べたとおりである。請求原因2の事実は、丙一ないし八並びに九の1ないし4により認めることができる。

したがって、原告甲山A子は、丙谷H郎ら三名より譲り受けた、被告会社の株式合計八四七二株について、被告会社に対しては、一株当たりの単価二万二〇六〇円で計算した売買代金額の、被告E雄ら二名に対しては、それぞれ単価三万円で計算した売買代金額の各支払を求めることができる。

第五  結論

以上の次第で、原告らの請求は、主文第一項及び第二項の限度で理由があるので、この限りで認容し、訴訟費用の負担については、右請求額の認容割合及び当事者双方の訴訟追行態度などを総合して、主文のとおり判決する。

(裁判官・松田浩養)

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